罵州雑言

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その449 日本の行方 その2


 

 

戦後70年……俺が64歳だから、俺が生まれる6年前が終戦だ。

先日、昭和天皇陛下の玉音放送を聴いた。

放送された当時、俺は生まれてはいないが万感に迫るものがあった。

 

耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び……というのは、

生まれてこのかたズーッと耳にしていたからだ。

そして、母親からは日本の文化や伝統を厳しく教えられた。

また、家には仏壇がなかった関係から、

八百万の神々を敬い奉る神道を大切にしていた。

 

神道とは自然や自然現象など、

森羅万象に神が宿ると言う信仰で、

縄文時代にその起源を持つ日本固有の原始信仰である。

世界各地にこの原始信仰があり、アニミズムと称されている。

霞ヶ浦のあちこちに建てられている水神宮の祠は、

水神を敬い奉った原始信仰の一つである。

 

 

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神道を信仰する元となったのが、

小学生の頃の水路転落未遂事件や行方不明事件だと思われる。

どちらも土着信仰の多い岩手県での出来事だった。

事件の詳細はともかく、命拾いをしたのである。

 

神道の教えの基本は、反省と前進である。

過去の過ちを反省し、その反省から新たなる一歩を進む、

と言うものだと俺は解釈している。

 

過去にどんなあやまちを犯そうが、

きちんと禊(反省)をすることで元の真っ白い自分、

染まっていない頃の純粋な自分に戻れるのである。

そのために存在しているのが、

八百万の神々であり、森羅万象の霊魂である。

 

魚には魚の神がおり、釣りには釣りの神がいる。

河川湖沼にもそれぞれに神がおり、

動植物のそれぞれにも神が存在しているのである。

だから、釣り場でゴミは捨てられないよな。

罰が当たるぜっ。

 

 

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しかし、そんなことを一つも考えない日本人が増えたことは確かだ。

せめて俺たち釣り人だけは、

道徳心や信仰心を持って自然に対峙しよう。

それが釣り人としての礼儀だと思う。

失くすなよ、日本人の心。

 

 

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