戦後70年……俺が64歳だから、俺が生まれる6年前が終戦だ。
先日、昭和天皇陛下の玉音放送を聴いた。
放送された当時、俺は生まれてはいないが万感に迫るものがあった。
耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び……というのは、
生まれてこのかたズーッと耳にしていたからだ。
そして、母親からは日本の文化や伝統を厳しく教えられた。
また、家には仏壇がなかった関係から、
八百万の神々を敬い奉る神道を大切にしていた。
神道とは自然や自然現象など、
森羅万象に神が宿ると言う信仰で、
縄文時代にその起源を持つ日本固有の原始信仰である。
世界各地にこの原始信仰があり、アニミズムと称されている。
霞ヶ浦のあちこちに建てられている水神宮の祠は、
水神を敬い奉った原始信仰の一つである。
神道を信仰する元となったのが、
小学生の頃の水路転落未遂事件や行方不明事件だと思われる。
どちらも土着信仰の多い岩手県での出来事だった。
事件の詳細はともかく、命拾いをしたのである。
神道の教えの基本は、反省と前進である。
過去の過ちを反省し、その反省から新たなる一歩を進む、
と言うものだと俺は解釈している。
過去にどんなあやまちを犯そうが、
きちんと禊(反省)をすることで元の真っ白い自分、
染まっていない頃の純粋な自分に戻れるのである。
そのために存在しているのが、
八百万の神々であり、森羅万象の霊魂である。
魚には魚の神がおり、釣りには釣りの神がいる。
河川湖沼にもそれぞれに神がおり、
動植物のそれぞれにも神が存在しているのである。
だから、釣り場でゴミは捨てられないよな。
罰が当たるぜっ。
しかし、そんなことを一つも考えない日本人が増えたことは確かだ。
せめて俺たち釣り人だけは、
道徳心や信仰心を持って自然に対峙しよう。
それが釣り人としての礼儀だと思う。
失くすなよ、日本人の心。

