東京に行くことは極めて少ない。
盆暮れ正月・・・・・・いや、彼岸と正月くらいだな。
それも両親の墓参りだけである。
あっ、年に一度の浅草での忘年会には行っている。
都合、四回か五回だな。
後は申し訳ないが全てを茨城県で済ませている。
たまに東京に出てみると、息苦しくなってしまう。
だからすぐに帰る。
生まれて育った場所ではあるが、
東京には住めない身体になってしまったようだ。
いや、いや、身体だけではないなっ。
精神(こころ)までも茨城人のようである。
昨日、久し振りに東京に出張った。
上野駅に降り立った瞬間、一刻も早く茨城に帰りたい気持ちが沸いた。
故郷は遠きにありて思うもの・・・・・・が良いと思った。
遊び慣れた上野であっても、すでに馴染めない自分がいた。
だから、生まれ在所の大塚に行ったら、
もっと居たたまれない気持ちになると思った。
そこには、ガキの頃の思い出に浸れる故郷がないからだ・・・・・・と思う。
俺の現在の故郷は霞ヶ浦である。
20数年前に移り住んだ頃の霞ヶ浦が俺の故郷の光景である。
20年前は、笑っちゃうほどにバスが釣れた。
タナゴもフナも天国だと思えるほどに釣れた。
沖合ではひっきりなしに漁船が動いていた。
コンクリートで囲われた霞ヶ浦であったが、
生き物たちの生命感が溢れていた。
ところが今はバスを釣るのに相当に苦労する。
一筋縄ではいかないのが霞ヶ浦のバス釣りである。
だから昔日の霞ヶ浦に戻って欲しいと願っている。
そのために、ゴミを拾ったり、行政と連携を取ったり、
植物を植えたり、市民団体と協働したりなどの労苦を、
厭わずにこなしている。
が、東京に出張るのは相当な苦労だ。
昨日も5時30分過ぎに会議が終了して、
6時6分には常磐線に飛び乗っていた。
東京の空気が死にそうなほど息苦しかったからだ。
だから、5時を過ぎたら酒でも飲まねぇと東京には居られねぇなぁ。
そんな思いに耽った昨日のことだった。