先日、霞ケ浦環境科学センターの帰り道、
ちょっと崎浜に寄り道をして釣りをした。
残念ながら釣れなかったけれど、練習だと思えば気が楽である。
で、釣れないのは徳の積み方が足らないからだ・・・・・・と、
自分を戒める。
これでまた頑張ることが出来るんだな。
崎浜からの帰り道、道路脇の崎浜横穴古墳群が目につく。
6世紀頃に作られた墓らしいが、定かではない。
しかし、注目すべき点はこのカキ殻の層である。
これほどの量のカキを墓の作られる以前から食べていたなんて・・・・・・。
この辺りの縄文人は食糧がとても豊富で、裕福だったと思われる。
これが霞ヶ浦の歴史なんだな。
カキ殻など貝殻の捨て場だと思っていた貝塚だった。
で、昔の人はこんなにも多くの量のカキを食べていたのか!?
と思っていたらちょっと違っていた。
確かに、食べた殻を集めた場所ではあったのだが、
これだけ重厚なカキ殻があるとそれだけではないのである。
それはカキと言う貝の習性にあるということだった。
カキは岩や石、岩盤帯などの硬いものに張り付いて生活している。
硬質なものはカキが生きていくのに不可欠なものである。
底質が泥底だったり、砂底だったりすると絶滅してしまうのだ。
しかし、カキは浅い場所が好きである。
それは餌が豊富にあるからだ。
そこで、カキは考えた爺さんや婆さん、親父さんにおふくろさん、
さらに兄さんや姉さんたちが死んで殻だけになったところに、
張り付いて生きて行こうと。
で、折り重なるように集まってきた・・・・・・らしいのである。
つまり、この貝塚には縄文人が食べたカキ殻もあるのだろうが、
カキ自らが生き延びるために集まった・・・・・・
と、言う見解に達しているとのことである。
う~ん、面白いなぁ。
子どもたちの自由研究になりそうだな、こりゃ!
そう、そう、縄文人は魚釣りが好きだったらしい。
多くの釣りバリが貝塚や古墳から出土しているからね。
そう考えると、俺たちの楽しみである魚釣りは、
歴史的な文化なのであるなっ!
