World BassSosiety 2004W.B.S.プロクラシック13

嵐が呼んだニューヒーロー

草深幸範
不屈の闘志でクラシック初制覇!



台風22号が日本全土を襲った10月9日、
猛烈な風雨が霞ヶ浦全体を覆い尽くした。
選ばれし19名の選手たちが覇を競うクラシックの晴れ舞台は一転、
大増水した水瓶と化した。
土浦新港はほぼ水没寸前。
二台の仮設トイレは横倒しになっていた。
そして肝心のスロープさえ使用に支障を来たす有様。
結果、初日がキャンセルされワンデーとなった今年のクラシック。
ワンデーにワンダーを実現したのは
若手の努力家・草深幸範であった。


9日朝4時。
今回だけは石原良純の予報がドンピシャリと当たり、
未明からの強い雨、そして風。
今回の台風も威力を失わず本土を直撃した。
そんな中、土浦新港に馳せ参じた
19名のクラシック・クォリファイヤーの表情は硬い。
「果たしてこの状況で試合は決行されるのか、
それとも中止になるのか・・・」
この日、あらゆる屋外行事が
すでに前日のうちに中止が決定されていた。
鳥澤徹選手は
「体調が最悪なので、中止になれば私にとってラッキーです」
と虫の息で呟く。
一方、草深幸範選手は
「やるんなら僕はやりますよ。準備はできてます」
と血気盛んだ。
このように、選手の胸中は様々だったが、
衆目の一致するところ、
無謀な決行は意味がないという結論に達し、中止決定が下された。



確かに、湖は通常の荒れ具合をはるかに超える狂乱状況。
水位は見る間に上昇し、川は濁流のナイルと化していた。
これではとても試合はできない。
多くの選手がプラクティスでは好感触を得ており、
ましてやこのところ復活気味の霞ヶ浦、
ビッグウェイトでクラシック王座獲得という
青写真を描いていた選手にとっては、
恨んでも恨みきれない天候である。

その夜、恒例のクラシックパーティーが京成ホテルで開催された。



期せずして前夜祭となってしまったが、
それでも選手たちは翌日のゲームプランを胸に秘め、
虎視眈々とクラシックウィナーたる自分の姿を想像していた。



しかし、この時点でも翌日に試合が決行できる保証はなかった。
いわゆる吹き戻しによる強風が、
せめてワンデーでもクラシックを行いたいという
我々の願いを打ち砕くかも知れなかったのである。

明けて10月10日。
昭和39年には、前日までの荒天が嘘のように晴れて
東京オリンピックの開会式が無事行われた日、晴れの特異日である。
台風は遠く北に去った。
朝4時。雨は止んでいた。風もない。
しかし、我々スタッフが土浦新港にクルマを進めると、
「あらら」岸壁がない。
どこまでが陸でどこからが湖かわからない。
そう、新港は完全に水面下に沈んでいたのである。
スロープはほぼ2/3が水の中。
しかも、ジワジワと水は上がりつつある。
ところが、しばらく様子を見ていると、
今度は水がジワジワと下がり始めた。

そうした状況が続き、
「これはできる」と判断を下した本部は、
早速ミーティングを開始。
選手の意向も実施で一致し、
今年のクラシックはワンデーで行われることとなった。
幸いにも風はそれほど強くない。

やがてボートが降ろされ始めた。
いよいよ2004W.B.S.クラシックがスタートしたのである。



各選手、思い思いのエリアに向かってプレーンを始めたが、
想像以上に激変した湖に翻弄されるばかりであった。
まず、航行中はそこかしこに見られる浮遊物に「ヒヤッ」とし、
ストラクチャーを目指せば、それは水中深く没して見えない。
テトラやジャカゴも完全に水没しており、
ウッカリすると乗り上げる危険も。
実際、「乗り上げた」という報告が、
トーナメント終了後に多数寄せられた。

どうやら水位は1メートルも上がっていたようである。
したがってショアーラインはひと回りもふた回りも拡大し、
それまで陸だった地点も湖の一部に吸収された。
霞ヶ浦はまったく別人となって選手の前に立ちはだかったのである。
こうした場合、つまり急激な増水時には
魚は岸よりで釣れるというのはセオリーだが、
あまりにも急激な水位上昇で、水質も急変し、
人より魚の方がビックリしてしまったと思われる。
このような状況は過去の試合でも例がない。
W.B.S.始まって以来の異常事態。
まさに未曾有の極限状態の中での戦いが繰り広げられたのである。

選手たちの苦闘は陸にいるスタッフにも容易に想像された。
ゆえに、いつものようにウェイインできるのか、
それよりも選手たちは無事に帰還できるのか。
やがて時は帰着の時刻を刻む。
嬉しいことに全選手、とりあえずは帰ってきてくれた。
疲れきった顔、満足そうな顔、悔しそうな顔、
やることはやったというサッパリした顔・・・
千差万別な表情はいつもどおりである。

1時30分。
新港の増水により急遽場所を移されたステージでウェイインが始まった。
最初にやってきたのは初出場の浅井由孝選手。



2本の魚を持ち込んだ。
「いやー、苦労しました。でも、当初の計画どおり、
今年の総決算として名場面をサーキットしました。
妙義水道のアシ際、流れの澱んでいるところでポツポツと釣れました。
でも、他の人はこんな状況でももっと釣ってくるでしょう。
2本じゃ望み薄ですね」
といつものようにサバサバした表情で語ってくれた。
「それよりもクラシックって、いいなあと思いましたよ。
夕べのパーティーも最高に楽しかったし、
みんな昔からこんないい思いをしていたのかと羨ましかったですよ。
もう味をしめたんで、来年もこの舞台に立てるよう頑張りたい」
浅井選手のウェイトは1,380g。
この数字が他の選手と比較してどんなもんなのか、
ウェイインは続いた。
結果として浅井選手が3位に入るこことは、
この時点では神のみぞ知ることであった。

桂裕貴選手がやってきた。
1本710g。
「ポイントがありませんでした。
やむを得ずその周囲のゴロタ、アシをすべて打ちました。
魚の感触はあったんですよね。
スピナベやクランクよりは弱いけど
根がかりに強いパラクランク(グラブ+ジグヘッドのスイミング)で
なんとか1本とりましたが、
目標の4本3kgはちょっと無理だったかも・・・」
と肩を落とす。
その辺の詳細はHiro’s noteが楽しみである。

続いて初出場の内山幸也選手。
「大山代表として気合が入っていましたが、
その大山スロープも完全水没。私のウェイトも沈みました」
と1本580g。
そして保延宏行選手は無念のゼロ申告。
「でも、とても貴重な体験をさせてもらいました。
この一日は決して無駄にならないと思います」
といつものように真面目な態度は尊敬に価する。

掛井亮宏もゼロ。
「東浦の『あの』スポットもダメ。
それからは全湖をさまよい、走り回りましたが、ついに力尽きました」
そういいながらも、やるだけやった男の笑顔が印象的だった。
そして宮澤孝博選手もゼロ。
「釣りをさせてくれる場所がなかった。
流れも強く、ワームがスーッと流され、途方に暮れました」

そこへ草深幸範選手がやってきた。
久々に2本の魚を持ち込んできてくれた。



ウェイトは1,610g。
「いゃ〜、スタート直後に迷ったんですが、
プラで良かったところは今日はダメだろうと思い、
過去、増水した時に良かったスポットを回りました。
朝一、田村のアシで5メートルも流さないうちに1バイト。
それはバラしたんですが、
その後、いつもは岸だったところのブッシュで950gを獲り、
プラで北東が吹いた時に実績があった牛渡で1本追加し、
その後は同じ場所をローテーションしました。
でも、後が続きませんでした」
これで草深選手が暫定トップに立った。
今回のクラシックでは暫定トップの選手は
ステージでそれ以降の選手の結果を待つというシステムがとられた。
「あそこに座るんですか? 
 いいですよ。でも1,610gですから・・・」
草深選手は、さして期待もせずにステージに腰を下ろした。

次に今年のA.O.Y.粟島英之選手がやってきた。
手ぶらである。
「いゃー、昨日のパーティーでは大口をたたきましたが、
あれは自分を鼓舞する意味で言ったんですよ。
でも、結果的に自分で自分にプレッシャーをかけてしまった」
と目の奥に悔しさをチラつかせて語っていた。
次は大藪厳太郎選手。こちらも手ぶらである。
「うーん、自分なりに増水パターンを組んで
スタートしたんですが、甘かった。
私の想像をはるかに超える異常水位は
私を最後まで冷静にさせませんでした」
過去のクラシックチャンピオンをも惑わせた状況が
いかに過酷だったか想像できよう。

そして鳥澤徹選手がチームTの声援を受けてステージに上がる。
自宅の千葉県大多喜町には避難勧告が出たことも、
今回の台風の凄まじさを物語っている。
結果は1本630g。
「これじゃあ得意の馬掛も問題外。
ジャカゴパターンに変更してなんとか1本、それが精一杯でした」
熱も下がってヤル気十分な鳥澤選手だっただけに、残念である。
さて、暫定トップ席にはなお草深選手がいるが、
そこへやってきたのが平本直仁選手。
「これで名もなき虫に逆戻りですかね」とむしろ笑いが出た。
ノーフィッシュである。

そして武恵一選手は
「ファットイカが炸裂せず、
文字通りファットイヤになってしまいました」
と同じくノーフィッシュ。
この辺になると草深選手の表情もすこし変化を見せた。
他の選手も「釣れないのは自分だけかと思っていたが、
やっぱりみんな、苦労していたんだなあ」と安堵と誤算が
入り混じった感慨を抱き始めた。
草深選手の脳裏に
「これって、ひょっとして・・・」
という思いが掠めたのは言うまでもないだろう。
そして木村幸広選手もゼロ。
「お借りしたボートは素晴らしかったんですが・・・
まあ、いろんな意味で貴重な二日間でした」とあきらめの表情。

麻生洋樹選手もゼロ。
「この舞台に立てたことだけで嬉しい。
今後、ますます精進する覚悟を決めました」
と相変わらず爽やかだ。
さあ、残りの選手は数人となった。
金光忠実選手がやって来た。
1本。
計ってみれば570g。
「悔しい」
真っ赤な顔でひとこと言うとステージから逃げるように去っていった。
すると峯村光浩選手がやって来た。
ライブウェルから2本の魚をとりだす。1本はなかなかいいサイズだ。



「うーむ、もはやこれまでか」
暫定トップの草深選手は観念した。
しかしっ、峯村選手のウェィトは1,430g。
選手席にどよめきが起こる。
「天王崎のジャカゴのインサイドと
沖宿の消波堤の内側で一本ずつつりました。
リグはいつものように1/32のテキサス+6インチグラブ、
どちらもフォーリングで食いました。今日はこれで精一杯です」
結果的に2位に入った峯村選手には
バサーのオールスタークラシックで頑張ってもらおう。

次は荻野貴生選手だ。
こちらも魚を持っている、しかも2本。
だが、報道陣に向かって見せた魚はどちらもキーパーサイズ。
それほど大きくはない。
1,190gだった。
草深選手は依然、暫定トップである。
「2本とも出島のシャローの一角で釣りました。
スタート前は自信があったんですが、
ここまで状況が変わっているとは思いませんでした。
でも、回りたいところは全部回って、投げきりました。
悔いはありません。満足です」
荻野選手はこう述懐した。
8kgを釣ろうと出て行ったというから、
その強気ぶりにはアタマが下がる。

さて、残りは2選手。まずは折本隆由選手だ。



どうやら魚を持っているらしい。
しかも2本。カメラの前に高々と差し上げたサイズは微妙である。
ギャラリー、選手、そしてスタッフまでもが
ウェイトのコールを固唾を呑んで待つ。
「折本選手のウェイトは・・・・・・1,280g」
その瞬間、大きなどよめきが起こった。
驚いたのは折本選手だ。
「そんなにビックリするようなウェイトかい?」
違うんです、折本さん。
この時点で、優勝は草深選手か残っている蛯原選手に絞られた、
というどよめきなんです。
「うーん、今日は難しかった。
でも、プレスの方と楽しい一日を過ごすことができました」
と試合後はなめらかな折本トークが聞かれた。
さあ、大変なことになった。
暫定トップ席に座る草深選手は
尻の穴がムズムズしているように落ち着きがない。
いよいよ、ラスト、蛯原英夫選手のウェイインである。

草深選手は蛯原選手の自信タップリな表情に再び観念した。
「やっぱり蛯原選手は釣ってくるよな〜。
まっ、いい夢見させてもらったということかな。
2位か、俺もよくやったよ」
蛯原選手はウェイインバッグを取り出す。
そしてライブウェルに手を差し伸べた。
土浦新港に空白の一瞬が訪れた。
それからの出来事は、
注目していた者全員にスローモーションで映し出された。
蛯原選手はライブウェルで手を濡らし、
やがて静かにライブウェルのフタを閉めた。
そして少しだけはにかみながらステージに上がったのである。
「オメデトウ、草深君」
二人はガッチリ握手を交わした。
蛯原選手はコメントした。
「いゃあ、大増水で入りたいところに入るのも苦労しました。
エレキも何度もぶつけたし・・・
正直クラシックは狙っていたし、残念だ。
でも、僕もみんなも、このコンディションのもとで一生懸命に戦った。
みんな、よくやったと思うよ」
蛯原選手のコメントを聞いている間、
草深選手の目には大粒の涙が湛えられていた。



優勝が決まった時、草深選手にMCがコメントを求めた。
「子供の頃から釣りをしていて、ホント、良かったと思う。
トーナメンターに憧れる自分がいて、
いつかは僕も、と頑張ってきました・・・」
あとは言葉にならなかった。
涙で言葉を詰まらせる草深選手に対して
「それじゃ後でゆっくり話を聞かせてね」と
MCはいきなはからいを見せたようだが、
実はMCもウルウルだったのである。
草深君、感動をアリガトウ。

ちなみに、草深選手に同船した
プレスアングラーの佐々木誠氏は
「こんな状況でも必死で魚を探し、
釣ろうとする集中力、執念には感動した。
プロの根性というものを見せ付けられた思いで、
口には言い表せない貴重な体験をさせてもらった」
との印象を語ってくれた。

こうして2004年W.B.S.プロクラシックは
たくさんの話題を提供して無事、終了した。
台風による初日のキャンセル、異常な増水。
結果としてもノーフィッシュが相次ぎ、
優勝もローウェイトであった。
だがそれは優勝という二文字の価値をいささかも下げるものではない。
同じコンディションの下での釣り比べがフィッシングトーナメントである。
努力はいつかは報われるものだ。
勝ったものが強い。それは間違いない。



最後に優勝の草深選手、そして18名の選手達に
心からエールを贈りたい。
素晴らしい試合を見せてくれた全員を『ヒーロー』と称えたい。


レポート・大和小平(やまと・しょうへい)